『人間、お前達の世界で鏡は特別な役割をしている。ただ自分の姿を映し出すモノだけじゃないんだが・・・』
ちょっとは考えろと言わんばかりに男の子が莉杞を見る。
『う〜ん・・・他に何かあったっけ?』
いまいち思い浮かばない、鏡って容姿の確認が使用目的だと思うけど、そんな事を考えていると男の子がヤレヤレと言わんばかりに。
『自分を映し出すだけじゃなく、古来より鏡は儀式の一つとして使われてきた。未来を占う、自分以外の者を映し出すなど。実際お前の住んでる所でも鏡は三種の神器に入ってるはずだが』
確かにそう言われると鏡は特別なモノとして扱われている事に気づく、だけどそれだけじゃいまいち納得がいかない。
『確かに特別なモノとして扱われてるけど、合せ鏡とは扱いが違う様な?』
そう、合せ鏡は都市伝説として今もある、だけど単なる怪談話でしかない。
莉杞は都市伝説など信じていない、夏頃に怪談話の一つとして出る類いの話としてしか思っていない、それをこの男の子は特別だと思っているのだろうか?そんな事を考えていると。
『合せ鏡は単なる怪談話じゃない、時間やその時にやる儀式次第では一つの空間を生み出してしまう事もある。お前達の言う都市伝説では合せ鏡は悪魔が鏡から鏡を移動する際に捕まえて願いを叶えさせるとか、未来や過去が見えるそんな話が都市伝説として語られているが、あれはあながち間違いじゃない』
男の子は一呼吸おいてから話を続ける、莉杞は未だに何を言いたいのか分からない様子だった。
『合せ鏡で未来や過去が映し出されるのは別の世界がそこに映し出されているからだ。悪魔を捕まえて願いを叶えるというのは行き過ぎた発想かもしれないが今のお前の友達と一緒だ』
『え?』
何を言ってるのか分からない、悪魔を捕まえる事が沙織とどう関係しているのか。
『悪魔、つまりお前達の世界で言われてる悪魔とは別の世界の自分またはそれに近い者の事を言う。今回の場合だと、お前の友達は合せ鏡をする時に儀式をおこなっている。その儀式が本来交わる事の無い別の世界と交わる為の切っ掛けになってしまったという事だ。そしてお前や友達にとっては最悪な事に真逆の世界を開いてしまった』
そこまで男の子が話して、莉杞はハッとした。
確かに沙織は言っていた、合せ鏡はただ合わせれば良いだけじゃないと、儀式があるんだと。
そして、沙織は別の世界への扉を開いてしまった。
この場合男の子が言う様に真逆の世界を開いてしまったとしたら、沙織が自分の知っている沙織と全く真逆になっていてもおかしくない、その事にやっと莉杞は気づいた。
『だけど、もしそうなら私の知ってる沙織はどうなったの?真逆の世界に行ったの?』
もし開いていたとしても莉杞の知っている沙織がどうなったのか、それが分からなかった。
『まだ、完全には入れ替わってない』
男の子が”まだ”の部分を強調して言う。
『まだ?』
『例え違う世界の自分だったとしても同じ世界に同時に自分は2人存在できない。これはこの世界のルールだ。その為存在するには一つの身体を二人が使う事になる。お前達の世界で言う多重人格の一つだと思えば分かりやすいだろう。今ならまだ本来の世界の人格が強い、だから別の世界の人格は本来の世界の人格が眠っている時にしか今は出て来れない。その場合本来の人格は夢として別の世界の自分の行動を見る場合がある』
そう言えば沙織は夢で手が真っ赤に染まっていたと言ったのを思い出した。
莉杞の知る沙織が眠っている間に真逆の世界の沙織がやった行動を夢として見た、そう言いたいのか。
『だが、今後同時に存在できない以上どちらかの人格が身体を支配する。残るのは強い意志を持った人格だ。お前の友達だと真逆の世界と本来の世界の人格で強い意志を持った方が残る訳だ。だけどこう言っては気の毒だがお前の知る友達の人格が残る確率は0と言っていい』
男の子はサラッと莉杞に言った。
莉杞の知る沙織は真逆の世界の沙織になると。
『ど、どうして?真逆の世界の沙織に変わるって言い切れるの?』
莉杞は自分の知る沙織が居なくなる、そう思うと震えが止まらなくなった。
あのゾッとする沙織がこれからも身近にいるのかと思うと、どうして良いか分からなくなってしまう、もしかすると自分も殺されてしまうのかもしれない恐怖が莉杞を襲う。
『さっきも言っただろう、強い意志を持った人格が残ると。真逆の世界の人格はこの場合かなり残忍だと言える、そんな人格が弱い意志の持ち主だと思うか?』
『・・・』
『さらに言えば飢えている。真逆の世界から言えばお前の居る世界は暴れるには丁度良いんだろう、だからお前の知る友達が残る確率は0だ』
莉杞は心を鷲掴みにされた様に時が止まってしまった。
何も考えたくない、自分の殻に閉じこもって何も見ない様に生きて行く事、そう全てから逃げる、そんな事を考えていた。
だけど・・・
『た・・・助ける事って・・・できないの?』
消え入りそうな声で莉杞が言う。
そんな莉杞を獲物を捕まえた様に男の子の口元が微かに歪む。
『言わなかったか?トラブル処理的な事もできると』
男の子は椅子をくるりと反転させて窓の方へ向いた。
その時莉杞は気づいていなかったが、男の子の顔は獲物を手に入れた喜びを必死で押し殺して、笑い声は出していないがゾッとするぐらいに歪んでいた。
もし莉杞が気づいていたならその場で気を失っていたかもしれない、真逆の世界の沙織など足下にも及ばないぐらいの恐怖を感じていたかもしれない。
だけど、莉杞はその事に気づいていなかった。