靴音

コツコツコツコツ
ガチャ・・・バタン

いつもの時間、深夜3時頃に隣の住人は帰ってくる。
お水の仕事でもしているのか?毎日遅い時間に帰ってくる。
だけど酔った感じは無い、靴音からして規則正しい足取りだ。
別にストーカーな訳じゃない、ただこの時間までネットをして起きていると隣の住人の帰ってくる時間が足音で分かるようになったただそれだけなのである。

隣の住人とはほとんどと言うか面識は無いに等しい、以前朝ゴミ出しの時に出会い挨拶をしたぐらいだ。
年は20歳後半ぐらいか?30歳にはなっていないと思う。
女性でとてもスタイルが良かったと記憶している、だけどそれ以降は生活リズムの違いで会う事は無い。

いつも帰りはこの時間、規則正しい靴音で帰ってきた事が分かる。
ただ今日は違っていた。

コツコツコツコツ

いつもと同じ時間、深夜3時頃に隣の住人の帰ってくる靴音が聞こえてきた。
『おかしいな・・・』
暫くしても家の中に入る気配がない、そう鍵を開けドアが閉まる音がしないのだ。
『鍵でも無くしたのかな?』
不思議に思い台所からそっと通路を覗いてみる。
だけどそこには誰も居ない、隣の部屋は真っ暗だった。
台所の窓を閉め、またパソコンに向かう。
『あの足音は隣の住人だと思ったんだけどなぁ?』
不思議に思いながらネットを徘徊する。
あれ以降靴音は自分が寝るまで聞こえてこなかった。

次の日いつもの様にネットをしていると、これまたいつもの様に靴音が聞こえてきた。

コツコツコツコツ

隣の住人の靴音に間違い無い、いつもの規則正しい靴音だ。
そしてドアの前まで辿り着いたぐらいで靴音は止まる。
『あれ?今日も?』
今日も靴音はするがドアの音がしない。
何でだろう?と思いながらそっと台所から通路を覗く。
台所から覗くと隣の扉の前までは視界に入るのに、昨日と同じで誰も居ない。
小首を傾げながら、またネットに戻る事にした。
きっと夜も遅いし気を使って静かに部屋に入ってるのかもしれない。
実際それ以降自分が寝るまで靴音は全く聞こえてこなかった。

それから数日同じように靴音はすれど姿は見えず、鍵を開ける音もドアを閉める音もしない日が続く。
最初は不思議に思っていたのだが、段々とそれが続くと当たり前の様に思えてきて不思議に思わなくなってきた。

ドアの音がしなくなって何日経っただろう、いつもの様に隣の住人の靴音がいつもの深夜3時頃に聞こえてきた。

コツコツコツコツ

だけど今日はここ数日とまた違っていた。
何が違っていたのかというと、立止る場所が違うように思えたからだ。
部屋が一室分手前で止まった様な気がしたのだ。
一室分手前、そうそれは自分の住んでる部屋の前で立止ったんじゃないかと思うぐらいの靴音だった。
ここ数日と同じく鍵を開ける音も聞こえてこない。
ネットの手を止めて暫く耳をすませてみる。
すると。

ピンポーン

突然自分の部屋のインターホンが鳴った。
『えっ!』
ドキッとして心臓が飛び出しそうになる。
玄関に向かいながら声をかける。
『どちら様?』
するとドア越しに声が聞こえてきた。
わ・・、・なり・・・・・・、・あ・・・・ほしい・す
微かに聞こえてくる声。
何を言ってるのか分からない、覗き穴から外をそっと覗いてみる。
覗き穴からは誰も居るように見えない。
少し様子を窺っていると。

ピンポーン

またインターホンが鳴った。
耳をすませ、全神経を集中させる。
私、と・・の・・・・・、・あを・・・ほ・・です
微かに女性の声が聞こえてきた。
もう一度覗き穴から外を覗いて見ると、そこには女性が立っていた。
たぶん隣の住人だと思う。
チェーンをかけたままそっとドアを開ける事にした。

ガチャ

ドアを開けるとそこに下を向いた女性が立っていた。
『あのう・・・、どうされました?』
恐る恐る女性に声をかける。
すると女性は隣の自分の部屋を指差しながら。
『あ・・・、開けて欲しい・・・』
下を向いたまま女性は呟く。
『鍵を無くされたんですか?』
すると女性は首を横に振った。
鍵を無くしてないって事なんだろうか?
鍵を無くしてないなら何故開けて欲しいって言うんだろう?
不思議に思い女性に問いかけてみる。
『鍵はあるんですね?じゃ、何故入らないんですか?』
女性は指を指したまま動かない。
『あのう・・・』
酔ってるんだろうか?そんな事を考えていると。
ゆっくりと女性が顔を上げながら。
『中に・・・』
女性の顔が上がる、顔は前髪で隠されていたが何かおかしい。
中に私が居るんです
そう言うと女性の前髪が風に吹かれ隠れていた顔が現れる・・・
言葉が出なかった。
その顔は腐りかけ頭蓋骨が少し見えている、目は片方ぶら下がり、今にも床に腐りかけた皮膚がずるりと落ちそうに見えた。

中に私が居るんです、出して下さい

腰を抜かして玄関に座り込んでいる自分に女性が言った。
その声は直接頭に響くようで、会話をしているとは思えなかった。

どれくらい座り込んだだろう?
我に返った時には女性は既に居なかった。
もしかして部屋に入り込んでいないかと部屋中を確認するが、その心配は無かった。
次の日管理人に連絡を入れ、念のため警察も立ち会いのもと隣の部屋を開けてみる事に。

ガチャ

ドアを開けると何とも言えない異臭が漂っている。
そして部屋には昨晩の女性が横たわっていた・・・

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