タンポポ

あゝもうこんな世界なんて
「壊れてしまえば良いのに」
あの日、僕は全てを呪った。

はぁはぁはぁはぁ
一昨日から降り続く雨の中走って病院へ向かっていた。
頭の中が真っ白になり、整理がつかない。
降り続く雨が冷たいのかさえも分からないくらい。
病院へ急いだ。

ずぶ濡れになった僕は病室のドアを開けた。
そこには数人に囲まれたベッドに一人の女性が眠っている。
中年の男性が僕を見つけ、首を横に振った。
そう、この時から僕のすべての時間が止まった。
フラフラと重い足取りでベッドへと歩いていく。
そこには眠っているかのように女性が横たわっている。
有でも無でもない、触ればサラサラと崩れていきそうにさえ思えた。
「歩道に車が突っ込んで何人かケガをしたけど・・・
打ち所が悪かったみたいで・・・」
その声は今の僕には届く事は無かった。

あれから何日経っただろう?
仕事も辞め、酒を飲む毎日を繰り返している。
もう何もやる気が起こらなかった。
薄暗い部屋の中は荒れ果て、床に這い蹲っているだけの毎日。
時折鳥のさえずりが聞こえてくるが、僕の心には心地よく聞こえる事は無かった。
今までなら通勤ラッシュにもみくちゃにされながら、下げたくもない頭を下げ、同僚と他愛もないおしゃべりで休憩時間を潰す。
そんな当たり前だった毎日から独り取り残されていくのを感じていた。
「何で生きてるんだろう?」
寝転がったまま手を高く伸ばす、その手を君が掴んでくれない事を知っているのに。
心に空いた穴は日を追うごとに大きくなっていった。
それと同じように生活はさらに荒んでいく。
あと何回こんな毎日を続ければ君に会えるのだろう?
君のいないこの世界でどうすれば良いのだろう?
その問いの答えはいまだ見つかっていない。
まるでこの世界中から色が無くなってしまったように、僕にはモノクロの世界に見えていた。

何もせず、ただ酒に飲まれる毎日、すっかり部屋の中も荒れ果ててしまった。
部屋にはビールの空き缶やウィスキーの空き瓶、肴の残骸が転がっている、だけど、もうどうでもよくなっていた。
髪もぼさぼさになり、無精髭も伸び放題、以前の姿は自分でも思い出せずにいた。
酒に酔いつぶれて眠りにつく、そして起きたらまた酒を飲み、そんな毎日が続く。


「まったく、鍵ぐらいしとけよ」
誰かが来たみたいだけど、頭は重く体も怠く確認する気にもならなかった。
「何だよこの部屋、ありえねぇ」
そう呟いた人影は部屋のカーテンを開けた、薄暗い部屋に何日ぶりかの眩しい光が差し込んできた。
「おい!起きろ」
部屋の窓も全部開き、新鮮な空気が部屋に流れ込んで澱んだ重い雰囲気を吹き飛ばしていく。
「いつまでそうしてるつもりだよ」
どこか面影のある顔が僕を見下ろしている、寝ぼけ眼で見るその顔は僕のぽっかりと開いてしまった心の穴を埋めるための一歩を踏み出させてくれるかのようだった。
久しぶりに蘇る感情だった、もう二度と逢えない、そんな事は分かってる。
だけどその面影に少しの間でも彼女を重ねていたかった、いつものやり取りのように僕は呟いた。
「もう少し寝かせてくれ」
僕は床に寝転がったまま言った。
「見てらんねぇな」
そう言いながら男は散らかった部屋を片付けていく。
「ちったぁ部屋ぐらい片づけろよ、これじゃ部屋なのかゴミの中か分かんねぇ」
ぶつぶつ文句を言いながら片づけられていく。
「ゴミの中に居るから何もやる気にならなくなるんだよ!本当にいい加減にしろよ!」
掃除機の音が聞こえる、洗濯機の音も聞こえる。
今まで普通にあった音なのに物凄く懐かしく思えた。
数時間後すっかり片づけられた部屋で男が僕に喋りかけてきた。
「姉ちゃんの部屋整理してたら出てきた」
そう言うと男は手紙とラッピングされた箱を渡してきた。
それを受け取りぼ~と眺めていると。
「誕生日に渡すつもりだったんだろう、過ぎちゃったけど・・・手紙は見てないから」
そう言うと男は玄関に向かう。
「今の姿見たら悲しむぞ」
ドアを開けると、思い出したかのように。
「あゝそれと部屋ぐらい片づけろよな、身内より荒んだ生活送ってるってどうなんだよ」
そう言うと男は帰って行った。
手渡された手紙と箱をモノクロ交じりの世界から見つめる。
日が沈みかけた頃ようやく体を起こして手紙を封筒から取り出した。


朝起きて、仕事の準備をし、通勤ラッシュでもみくちゃにされる。
仕事して、休憩中に同僚と話し、家に帰って寝る。
そんな何の変化もない平凡な毎日が戻っていた。
まだ心には穴が開いている、その穴はすぐには埋まらないだろう。
だけど手紙に書かれていた君の言葉が前に進むことを後押ししてくれる。

“タンポポみたいに風の向くまま一緒に楽しい事を探しに行こう”

今はまだ二人の誕生石が埋め込まれたブレスレットと共に今日も僕は”楽しいこと“を探しながら生きていく。
そしていつの日かまた誰かと探しに行くことを願いながら。


コレ・・ラモ・・・・ズットソバ・・・ニ・・ルヨ