『沙織は図書室に行くんだよね』
『うん、そうだよ。もう少しで読み終わる本があるから』
二人は下駄箱で上履きに履き替えていた。
『今何読んでるんだっけ?』
『今はねぇ、”実録!!口裂け女が整形手術?裂けた口は治るのか!!!”ってやつ』
『・・・・。おもしろいのそれ?』
『これが超おもしろいんだって!!実際に手術をしていく過程が載っててね、凄いんだよ!!だってあの口裂け女が口裂けなくなるんだから』
沙織の目はキラキラと輝き、興奮しながら力説を続ける。
『最初はね、普通に口の両端を縫い合わせてみるんだけど、口裂け女の口の方が力が強くて糸が切れて縫合できないの。それで縫い合わせる事ができる糸を探し始めるんだよ』
『あっ、沙織もう良いよ。何かこっちの口が痛くなってくる』
『えぇ!!これからどんどんスリリングになってくるのにぃ!!』
頬を摩りながら話を止める莉杞を沙織はとても残念に見つめていた。
『読み終わったら聞くよ』
『絶対だからね!!』
莉杞に念を押して沙織は図書室に向かった。
『んじゃ、あとでね。ホームルームに遅れないでよ』
莉杞の言葉を背中に受けながらひらひらと右手を振った。

図書室につくといつもの一番奥の席に座る。
ここからの眺めが沙織は好きだった、決して景色が良い訳じゃない、ただ街並が一望できるだけなのだが何故か沙織にとっては安心できる場所であり景色だった。
『このままじゃ駄目だ』
他の人には聞こえないぐらい小さな声で呟いた。
数日前からずっと胸の中で燻っている思い、夢だと思いたいだけどそれはきっと夢じゃない、そして自分の中に何か得体の知れないモノがいる。
『だけどどうすれば・・・』
こんな事相談できなかった、まるで頭がおかしいと思われてしまいそうで。
莉杞は何かを知っているようだ、時折自分を見て恐怖を感じているように思えた。
その恐怖は自分に向けられているのか、それとも得体の知れないモノに向けられているのかはっきりとしない。
意識としてはあるのだ、心の底でいつも叫んでいた。
(違う、私はそんな事思ってない!)
だけど思ってもいない行動をとっている自分を知っている。
『知りたいか?』
沙織はハッとして我に返る、いつの間にか自分の席の前に見知らぬ男の子が座っていた。
『誰?』
『今はまだお前が主導権を握っているが、このままだといずれその主導権は奪われるだろう。主導権を奪われれば・・・』
『奪われれば?』
男の子は不気味に薄ら笑いを浮かべているようだった。
『お前はお前ではなくなる。気づいているんだろう?』
男の子の冷たい視線はまるで沙織の事を全て知っているそう言いたげだった。
『主導権を持っている今ならまだもう1人の自分の行動を把握できるが、主導権を奪われるとそれは逆転する。つまり、もう1人の自分の行動を把握する事ができなくなる。把握できないという事は今何をしているのか分からなくなるという事だ。今ならまだお前はもう1人のお前に気づかれずに動けるという事だ』
『何が言いたいの?』
『もう1人に知られる前に鏡を隠せ!お前がお前であり続けたいのならな』
そう言うと男の子はすっと立ち上がり図書室を出て行った。
あの男の子は何かを知っている、そう思っても追っていく事ができなかった。
まるでこの世の人ではない様な気がして追う事ができなかったと言うべきか。
『鏡・・・』
合せ鏡の時に使った鏡の事を言っているんだろうか?
男の子の言葉が何度も頭の中を駆け巡る。

あの男の子は誰だったんだろう?
私の知らない何かをあの男の子は知っている。
沙織は授業に集中できなかった、自分の中の不安を知る人物、だけど誰なのか分からない。
『もう1人の私・・・』
やっぱりと思う反面どういう事なのか混乱してくる。
全ての始まりは合せ鏡なのだと自分でも分かっているけど、あの時を思い出そうとするが、記憶に鍵をかけて仕舞込んでしまったかの様に思い出せない、もしくは思い出したくないのかもしれない。
『あの日いったい何があったんだろう?』
思い出さないといけない、そう思えば思う程焦るだけで何も思い出せそうになかった。