何も気づいていない莉杞は先ほどの男の子の言葉でさっきまで押し潰されそうだった心が軽くなっていた。
『本当!本当に助けられるの!?』
背中越しに見る男の子をこの時莉杞は救世主の様に見えていたかもしれない。
『助けられるかは、人間お前次第だ』
『え?』
『ここに来たという事は、可能性があるという事。そして俺様はお前のサポート役でしかない。実際に動くのはお前だ人間』
『私?私がやるの?』
『そうだ、お前がやるんだ。助けたいと思う気持ち、それはとても強い力となる。俺様はそんなお前をサポートしていく役目でしかない』
『私は何をしたら良いの?』
『儀式を行う、合せ鏡の儀式を。そして真逆の世界の人格を元の世界に戻す。簡単だろ?』
それぐらい楽勝だと言わんばかりの男の子の言葉に莉杞は少し不安を覚えた。
合せ鏡で戻すって、失敗すると自分も沙織と同じになるんじゃないか?そんな不安がわき起こったのである。
そんな不安に気づいたかの様に。
『人間お前には俺様が付いているんだ、失敗なんてすると思うか?』
(失敗なんてする訳が無い、俺様なら簡単に終わる事なんだから)
莉杞の不安が男の子の言葉で取り払われていく、そうだ!自分がしっかりしないと!心の中で自分に気合いを入れた。
『ああ、そうだ。一つ忘れていた事がある』
男の子はこちらに向き直し、さも今思い出したかの様にこう言った。
『当然と言っては何だが、お前を助けるサポート役をするには対価が必要だ』
『え?対価?』
莉杞は何を言ってるのだろう?と、男の子をきょとんとして見ている。
『簡単な事だ、俺様がお前を助ける為に必要な対価とは人間お前の夢そのものだ』
何を言ってるのか分からない、この男の子はいったい何が言いたいんだろう?
何が何だか頭の中がまたモヤモヤしてきた。
『夢・・・そのもの?』
夢そのものとはいったいどういう事なのか、莉杞が困惑していると。
『お前を俺様が助ける代わりに、お前の夢という全てを差し出してもらう。夜に見る夢、現実に目指している夢、それら全てを俺様に差し出せ。まぁ、差し出した後はお前は夢の無い人間になる訳だが』

夢の無い人間・・・

さすがに莉杞でもそれがどういう事なのか分かった、それはある意味生きる屍でしかない、ただ生きているだけの人間。
『そんなのって・・・』
さっきまでの希望の光は今の莉杞には無い、沙織を助けたければ自分には何も残らないと言う事になる。
『よく考えるんだな、そこまでして助けるだけの価値があるのかという事を。自分を捨ててまで友達を助ける必要があるのかを。俺様が言うのもなんだが、大小関係無く夢の無い人間なんて何の魅力も無いがな』
今初めて莉杞は気づいた、自分はとんでもない所にいるのだと。
そして今自分はまるで悪魔との契約を交わそうとしているんじゃないかと。
呆然と立ち尽くす莉杞に男の子が告げる。
『そろそろ時間だ。お前がどうしても俺様の助けが必要だと思うなら強く願え。さすればここへの道が開かれる。ただ次ここに来た時お前は夢の無い抜け殻の人間になる事を選んだと受け止める、その代わり全力でお前を俺様がサポートしてやる、持てる全てを使ってな』
男の子の話が終わるか終わらないかぐらいに莉杞の体は光に包まれ部屋から消えてしまった。
『帰して良かったのですか?』
執事だと思われる男性が口を開いた。
『あぁ、あの人間は絶対に来る。俺様ならこれぐらいの事は朝飯前なんだが、それじゃ腹の足しにもならん。何かに向かって得た夢は極上の喰いモノだからな、だから少しでも美味くしないとな。そう思うだろ?』
男の子は不適な笑みを浮かべながらまた窓の方へ向きなおした。